9月1日(木)、伯父が亡くなり、高知県東部を台風が通過中のこの日葬儀だった。
先に亡くなった私の父より一回り上の寅年生まれ享年98歳。
百歳まで生きるのが目標だったが、老いには勝てなかった。
従軍時はサイドカーに乗り、えらい人を送迎していたようだ。
226事件の時も緊迫した状況に遭遇したらしいが、残念ながら詳しい話は聞けずじまいになった。
帰高してからはバスの運転手をしていた。
まだ車掌さんが乗っている時代、長距離の運転は悪路が続き大変だったそうだが、格好いい仕事の代表だったみたい。
私が若葉マークの頃、狭い道でバックミラーを左右キョロキョロしながら恐る恐るバックする私を見かけ、「車の幅は変わらんから、安全を確認したら寄せたい方を主に見なさい」と助言してくれたっけ。
最後にゆっくり話が出来たのは一昔ほど前だったか?
伯父の自宅縁側で昔の事やら今のことを色々と話した。
縁側で新聞を丹念に読む姿が思い起こされます。
ホームヘルパーさんに助けられながら一人暮らしをしていたが、痴呆が進み老人ホームへ。
会いに行ったときには表情も無くなり、まるで抜け殻のようだった。
この時は、「まるで魂を自宅に置いてきたようだなぁ」と感じました。
高知県のバス事業黎明期を見たであろう伯父の話をじっくりと聞いてみたかったなぁ。
とても残念です。